ORDINARY LOVEの歌詞

Singer:逢田梨香子

笑っちゃうくらい 全く違う私達
ショーウィンドウ映る姿さえ
並んでたら恋人に見えているかな
まさか兄妹に思われてるかな

他の人に見せることの無い素顔を
知ってるのは貴方しかいない
だから多分周りのイメージとは違う
でもね、それで良い愛はここにある
太陽みたいに貴方が微笑むと
穏やかな空気が流れる

ありきたりな日常でさえも
貴方となら輝き出す
例え何が起きたとしても
たまに傷付き傷付けても
息が触れ合うほど近くで
何気ない日を信じていて

予定合わずに街に繰り出す私だけ
ショーウィンドウ眺めてる一人
貴方多分似合うと言ってくれるよね
会えない時でさえ想いは止まらない
子供みたいに貴方が見つめると
暖かな気持ちが溢れる

ありきたりな日常の中で
貴方となら、らしくいれる
例え何が起きたとしても
絶対一人にしないから
握った右手離さないで
何気ない日を越えていこう

二人でいれば(二人でいれば)
見えやしない物でさえも見えるの

ありきたりな日常でさえも
貴方となら輝き出す
例え何が起きたとしても
たまに傷付き傷付けても
息が触れ合うほど近くで
何気ない日を信じていて

笑っちゃうくらい全く違う私達
なのに何故か居心地が良いの

虹を越えて

 今日はラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow を3回ほど見てきました。
 ということで、勢いのまま感想を書き綴っていきたいと思います(一緒に映画見に行って語り合えるような友達がいないからここに書くしかないんや)。

※ということでネタバレ含みまくりますので、まだ見てない人はブラウザバック推奨します。









●僕らの走ってきた道は・・・
 いやまあ開幕でいきなり泣かされたよね。逢田さんも舞台挨拶で言っていたように凄く始まりを感じさせるような曲調なんだけど、歌詞は始まりとは真逆とまではいかないが、始まりとは言い切れない感じ。今まで歩んできた道を一歩一歩『そうです』と自分自身を肯定しながら踏みしめていくような歌詞だったような気がします。
 また、映像も凄く良かった。沼津の色んなところで応援されながら歌って踊って、沼津でAqoursが愛されてるんだなって強く感じて感動しました(小並感)。

 そして曲が終わって始まる本編。いつもと違う髪型可愛い。それはさておき、善子が鞠莉に練習場所の宛がないか聞こうか訊ねたときに、曜だけが千歌の変化に気付いて声掛けるの凄く個人的にポイント高いです。Aqoursでの活動を通してお互いにちゃんと理解しあった幼馴染になれたって感じがして好き。
 それじゃあ取り敢えず新しい学校に行ってみようってことでバスに乗る6人なわけだけど、こんな所に学校あったかなって言う曜ちゃんの表情が凄く可愛かったです。てか劇場版なだけあって表情の描写が全員細かい。その後の尾行するときとか、泣いてるルビィちゃんとか、手すり(?)に腕を置いてその上に顔を乗せてる千歌ちゃんのほっぺが潰れてたのとかめちゃくちゃ尊い
 可愛い表情の話をし出したら長くなる上に可愛いしか言わないのでこの辺にしておくとして、部活動活動報告会。あの時のOSTって『キセキのかけら』なのかな? 違ったらごめんなさい。ただ、あの曲で普通に涙腺死にました。
 そして少し飛んで千歌ちゃんと梨子ちゃんが夜の浜辺で語っているシーン。梨子ちゃんの「失敗は自分で取り返すしか無いんじゃないかな」っ台詞が凄く重みがあるなって感じたんです。コンクールでピアノが弾けなかった梨子ちゃんと、1stライブで失敗した逢田さん。二人とも本番で失敗をした経験があるけれど、梨子ちゃんは『海に還るもの』でコンクールで賞をとり、逢田さんは4thライブで『想いよひとつになれ』を完成させたという、失敗を取り返した実績があるんですよね。だからこそこの台詞が胸に刺さったんです。
 それから満を持してSaint Snowの登場。自分が言うのもあれなんですけど、佐藤日向さんめっちゃ演技上手くなってません……? 前が下手だったとかじゃないけども、後半の「うわああああああああああ!!!!!!!」って叫びながら泣きながら走るシーンがやばすぎて3回見て3回泣かされてます。

●そしてイタリアへ
 意味があるのか分からない章分け的なのをしてイタリアに行ってからの話……の前に一言。チョコが大量に落ちてきた後に1個だけポトリと善子ちゃんの頭に落ちてきて、「あたっ」って軽く言ってたの狂おしいほどに好きです。
 ということでイタリア。伊波さんが言っていた通り、浮かれまくってて可愛い。ていうかイタリアでの話は基本的に可愛いしか言うことないんですよね。3年生曲も『Hop? Stop? Nonstop!』もめちゃくちゃ可愛かったし。黒澤家とか生徒会長から解放された黒澤ダイヤって少女の笑顔があまりに可愛くて可愛くてしょうがなかったです。
 後、個人的にツボだったのが、鞠莉ママにスクールアイドルをくだらないと言われた時に、千歌が前に出ようとしてたのを左手で強く制するダイヤちゃんかっこよすぎでは???

●残された者たち
 イタリアから戻ってきたAqoursを待ち受けるのは、神モブよいつむ。Aqoursを待ってる間にステージ構成考えてるとか凄くね? 浦女のみんなで考えたとはいえやばい(そして相変わらず辻写真館さんの黒板アート凄いですね……)。
 そんな所に現れる善子ちゃんの中学生の時の同級生。中学校の時の知り合いに会いたくないという理由で浦女を選んだ善子ちゃんにとっては一番会いたくなかったであろう人達でしょうね(説明会の時も逃げようとしてたし)。でも実際は堕天使ヨハネのファンで、津島善子も堕天使ヨハネも受け入れて貰えたというのは、好きを捨てずに輝き続けようと努力したからなんじゃないかなとか思ったりもする。
 こうやってアニメでは触れられなかったトラウマ(?)だったりが上手く解消されていくの凄く良かったです。
 そして今回の映画屈指の名シーン、理亞の今後の話ですね。中々上手くいかない妹のことを想って、気心の知れたAqoursがいる学校で一緒にスクールアイドルをやった方が良いのではと案じる姉と、姉のことが大好きで尊敬しているからこそ、自分一人でやれるんだと証明したい妹との対比構造、と言ったら大袈裟だけどそんな感じ。
 前に進むために、そして過去の悔いを晴らすために行われたラブライブ延長戦。少年漫画とか好きだから、私達だけのラブライブって言い方がめちゃくちゃかっこよくて好きです。
 ていうかSaint Snowの新曲かっこよすぎですよね。確かに決勝戦で歌うのに相応しい曲と衣装だと思います。
 そんな『Believe again』に対してAqoursが披露したのは『Brightest Melody』。開幕から鳥肌がやばかったんですけど、一番この曲で好きな演出が、サビ前でゆっくり富士山をズームして日の出を映してから、一気に引いて輝きを背に受けてサビを歌い出すAqoursを映すっていうのが最高に興奮しましたね。
 そこから流れるような『キセキヒカル』は普通に反則だと思います。いや、誰がここで『キセキヒカル』入れてくるとか予想出来るよ。無理だから普通に。しかもこの曲の最後の方のシーンで、砂浜を2年生が走ってるところを後ろから1年生が追い抜いていくシーン。今まで記憶に有る限りでは、ほとんどのシーンで1年生は2年生の後ろを走ってるんですよ。それは勿論1年生も自覚してるから、イタリアでライブする場所を決めさせて欲しいとか言ったわけですし。その上で追い抜いてるんですよ。1年生の成長を強く実感出来る素敵なシーンですよね。

●Next SPARKLING!!
 まあ曲の話はもう少し後にするとして、9人が浦女を最後に訪れるシーン。『僕らの走ってきた道は・・・』が始まる前に少しだけ門が開いてるカットがあって、それを閉めるシーンですね。
 物語が始まる前は閉めることが出来なかったのに、このシーンでは大丈夫と言いながら閉めていますね。だって、形あるものは無くなったとしても、胸に刻まれたものは絶対に無くならないっていうことを知ったから。過ごしてきた時間は無かったことにならないし、思い出は決して消えないから。だから門を完全に閉めることが出来たんじゃないかなって思います。
 そして『Next SPARKLING!!』の話になるんですが、この曲のステージ構成って凄く『君のこころは輝いてるかい?』に似てるんですよね。床(?)の模様とか後ろに虹が架かってるとか。
 だからこの2曲の共通点って何だろうって考えたのですが、『君のこころは輝いてるかい?』はAqoursの1stシングルで、いわゆる始まりを象徴する曲なんですよね。そして『Next SPARKLING!!』も6人になったAqoursの始まりの曲なんですよ。そういう理由でステージ構成を似せてるのかなぁとかぼんやりと考えてました。
 それとライブ前の円陣。0から1へを言わないっていう演出は卑怯ですねマジで。その後の曲中に去る3年生もずるです。
 片翼の1,2年生と両翼の3年生。羽ばたいた3年生と、まだ羽ばたけない1,2年生っていう表現なのか、1,2年生は協力してやっと飛べるけど、3年生は1人でも飛べるっていう違いを表してるのか、はたまた全く別の理由なのかは分からないですけど、あれ好きです。

●スタッフロール、そして
 スタッフロールで理亞ちゃんが勧誘してるところはほんとやばいくらい泣きました。人見知りな理亞ちゃんが笑顔で勧誘出来るようになった成長も涙だし、断る側も笑顔で断ってて、理亞ちゃんと断った子の仲の良さってのが表現されててまた涙、ですね。
 最後の砂浜のシーン。μ'sに憧れてスクールアイドルを始めたAqoursが、今度は誰かに憧れられて輝きが繋がっていく。凄く綺麗な終わり方で思わず立って拍手したくなるほどでした(目立つから無理だけど)。


 ということでだらだらと感想を書き殴ってみました。ほんと劇場版最高すぎましたね。

 それと全く映画関係ないんだけど、理亞ちゃんが上手くいってないっていう話の時に映ったLINEのやり取りを見て、にこちゃんの1年生の時のことを思い出したのは自分だけじゃないはず。

今年はお世話になりました

今年はあっという間でとても充実した一年となりました。

全ての始まりは一月の福岡ファンミでした。初めはまったく行く気が無かったけれど思ったよりお金に余裕があり、たまたま友達がチケットを余らせていたので乗っけてもらった福岡ファンミ。
そこで沢山のオタクと会って、もつ鍋食べたりカラオケオールしたりしたのは良い思い出。

それから大阪に行ったり、沼津で大規模オフ会したり、2nd現地に行けずに泣く泣くLV全通したり、3rdの福岡公演ではとにかく会場に辿り着くのに必死で、FF外だった人の車に乗っけてもらってギリギリマリンメッセに辿り着いたり、ライブイベント以外でも様々な地へ旅行に行ったり、色々な想いが渦巻いていた東京ドゥームだったり。他にも今年の思い出を挙げればキリがありません。というかキリが無いぐらいに毎月のように沢山の所に行って、沢山のオタクと会って、沢山語り合った最高に楽しい一年でした(なお大学)。

本当に今年は色んなことがありすぎて、上半期に起きた出来事は数年前ぐらいの出来事のように感じてて、それだけ充実してたんだなって凄く実感します。

これほど楽しい一年が過ごせたのは、こんな自分と仲良くしてくれた皆さんのおかげだと思ってます。本当にありがとうございます。

TLで仲良くしていただいている皆さんは、自分の好きなことにひた向きで、一生懸命で、それをSSやブログや歌や色々な方法で。で表現してて、自分には出来ない言葉遣いだったり表現を使われている皆さんのことを凄く尊敬しています。

来年もまだまだイベントは盛り沢山で日本全国飛び回ることになると思いますのでその時はよろしくお願いします!!!

ここから全てが

皆さんお久しぶりです。いつのまにやら4thライブまで一週間を切ってしまいましたね。

 

今回の4thライブの会場は東京ドームですが、皆さんは東京ドームにどのような想いを抱いていますか? μ'sのFinalライブの会場で、ラブライブ!サンシャイン!!でのラブライブ決勝の会場のモデルでもある東京ドーム。人によって東京ドームへ抱く想いはそれぞれだと思います。それぐらいラブライブにとって特別な場所ですから。

 

 

 

私にとっての東京ドームは、全ての始まりでした。

 

μ'sのFinalライブの時、私はまだ高校生でお金もほとんど持ってませんでしたから、ライブに行くという考えがありませんでした。それに、ラブライブにはハマっていましたが、「ライブって言っても、ただ声優が歌って踊ってるだけでキャラは関係無いんだろ?」と思っていたのもあって、Finalライブの申し込みすらしていませんでした。

でも、周りの友達はインターネットカフェに行ったりして必死にチケットを確保しようとしていたのを見ていて少し興味が湧き、過去のニコ生等を色々見たりするようになりました。そうしてμ'sのことを少しずつ知っていき、どうせ最後のライブだしと思ってLVでライブ参戦することを決めました。まあお金が無かったので、LVですら二日目だけしか見れなかったんですけどね。

 

そしてFinalが始まり、すぐに圧巻されました。コーレスはうろ覚え、コールもあまり知らないという状態での参戦でしたが最高に楽しくて、声優が歌って踊ってるだけと考えていた自分は一瞬でどこかに消えて、気付けばライブが終わっていたのです。

4月1日は私にとって決して忘れられない一日になりました。それと同時に、もっと早くμ'sを知っていれば、もっと早くμ'sを応援出来ていればと少しだけ後悔しました。それぐらい素晴らしいライブでした。

しかし、嘆いたところで時は真姫戻ってはくれません。

 

そこで、私はAqoursを最初から追いかけ続けようと決めました。こういう言い方をすると、μ'sの代わりにしているようにも聞こえるかもしれませんが、そうではありません。

あくまでμ'sはμ's。AqoursAqoursですから。そこはちゃんと分けて考えてます。

そうして、現地に行ける回数は少ないですがキャラもキャストも全力で発足当初から応援し続け今に至るわけですが、全てのきっかけは東京ドームで行われた、μ'sのFinalライブでした。

あのライブが無かったら、キャストにハマることも無かったかもしれないし、ライブに行くことが無かったかもしれない。その結果産まれたはずの出逢いも無かったかもしれない。そう考えると、μ'sのFinalライブは私にとって大きな人生の転機だったのかもしれません。

 

 

私の人生を変えてくれた東京ドーム。

あの時、映像越しに最高の輝きを届けてくれた東京ドーム。

 

μ'sが刻んだ想いを二年越しに受け取りに、そして、Aqoursがこれから刻む想いを受け取りに東京ドームへ行こうと思います。

 

待ってろ東京!!!

くだらない弱音

タイトルの通り、ただのしょうもないオタクの戯言です。それでも読んでやるよって人以外はブラウザバックを推奨します。

 

 

突然ですが、私はリア友と言える人がほとんどと言って良いほどいません。ネタとかじゃなく本当に。

人と話すのが苦手。性格はお世辞にも良いとは言えない。形成されたグループに入るのが苦手等、友達が出来ない理由は沢山ありますが、一番大きな要因は、自分から積極的に仲良くなろうと出来ないことだと思ってます。 昔は兄が遊びに行くのに付いて行って、兄の友達と遊んだり、転校したばかりの学校ですぐに友達作って遊んだり出来てたのに、今ではからっきし。その理由は中三の頃の出来事が原因です。

 

自分が通っていた中学校では、年度末に授業の理解度等のアンケートを取っていて、その中に仲の良い友達の名前を書く欄がありました。しかし、それは教師の罠で、そこに名前を書いた人とは基本的に別のクラスにされてしまうのです。

恐らく教師は色々な人と仲良くなって欲しいみたいな考えだったのでしょうけど、余計なお世話。その結果、中三の時のクラスメイトに仲良い友達は一人もいませんでした。 それでも、このクラスで一年間やっていくのだからと、どうにか他のクラスメイトと仲良くなろうとしました。休み時間にクラスメイト達がグラウンドで遊んでたら混ぜてもらおうとしたり、楽しそうに話してるところに混ざろうとしたり。

 

そうやって努力すること数ヵ月。ついたあだ名は「金魚のフン」でした。

 

 

 

それから私は積極的に人と関わることを辞めました。だって気付いてしまったから。友達が出来る人は自分からアクションを起こさなくても周りが話しかけるのに、友達が出来ない人は自分からアクションを起こしても拒絶されるだけだということを。

そうして私の一番の友達は本になったのですがそれは置いておいて、高校に入ってからも大学に入ってからも結局上手く人間関係を築くことは出来ず、大学で一言も話さない日がほとんどで、今ではTwitterしか居場所はありません。

それは自分から望んだことだし、Twitterだけだとしても居場所があることはとてもありがたいことだと思ってます。

 

でも、ほんの少しだけ、楽しそうに談笑しているのを遠くから見ていると胸が苦しくなるときがあるんですよね……。

ごちそうさまという一言

どうもお久し振りです。ゆきです。

今日はラブライブとは全く関係の無い雑談をひとつ。

 

突然ですが、皆さんは飲食店から出るときに店員に「ごちそうさま」と声を掛けますか?

私は掛けます。というかなるべく掛けるように心掛けています(今のは声を掛けると心掛けるを掛けた)

というのも、私は今飲食店でバイトをしているのですが、自分が作った料理じゃなくてもお客さんに「ごちそうさま」とか「美味しかったよ」とか声を掛けられると嬉しくなるのです。だから自分も客としてご飯を食べに行った時はちゃんと「ごちそうさま」と声を掛けようと思っています。

 

ですが1ヶ月ほど前にTwitterで、店員に「ごちそうさま」と言っているのは店員にも気を遣える俺カッコいいという自己満足を得ているだけだという意見を見掛けました。

私は「ごちそうさま」という言葉を感謝の言葉以外に捉えたことが無かったので、そういう捉え方もあったのかと思い、目から鱗でした。(ブラックコーヒー飲める俺って大人みたいなあれと似たようなものなんですかね?)

 

ただ、結局のところ理由ってどうでも良いのかなとも思うんですよね。言った人にどういう思いがあろうが、店員にとって嬉しいことであるという事実は変わらないわけですから。

自己満足だろうが何だろうが、結果として受け取り手が喜んでくれるのであればみんな幸せハッピーエンドってやつですね。

だから皆さんも、よかったら店員に「ごちそうさま」とひと声掛けてみてください。

"善子"と善子(ヨハネ)

どうも、すぐ見たものに感化されるゆきです。

短めの文章だけど、Twitterに書くには長い気がするので記事にしてみました。

 

今回はアニメ善子とG's善子の違い───の中でも、どうしてアニメの善子は一度堕天使を捨てようとしたのに、G'sの善子は堕天使を捨てようとしなかったのかについて考えてみました。

 

善子が堕天使を捨てようとするかしないか、というのは高校への入学が切っ掛けとなっています。つまり、アニメの津島善子は高校に入学する前の段階から堕天使を捨てることを決めていたわけですね。何が言いたいかというと、津島善子が堕天使を捨てようと決意することにAqoursというグループは一切関係無いということです。

 

では、Aqours結成前の段階のアニメ善子とG's善子の違いとは一体何なのでしょうか? 細かいところは多々あると思いますが、一番大きな違いは幼少時の国木田花丸との出逢いがあるかどうかだと思います。

 

ただ、前述した通り今回の話はAqours結成前の話なので、彼女が高校で国木田花丸と再会するかどうかは関係ありません。大事なのは津島善子の"特異性"を理解してくれる人がいたかどうかです。

幼少時、アニメ善子は自分を天使だと自称することを受け入れられました。G's善子は悪魔と呼ばれて石を投げられました。

その結果、アニメ善子は小学校に上がって自分の特異性が受け入れられないものなのだと気付きました。G's善子はいつものことだと受け入れました。

 

そして、

 

G's善子は、自分の特異性は人から受け入れられないものだと理解した上でずっと生きてきました。誰からも受け入れられたことが無いから周りから奇異な目で見られてもそれが当たり前。その特異性も含めて自分なのだと考えているからこそ、どう思われても堕天使を捨てるという思考など一切ありませんでした。

アニメ善子は一度特異性を受け入れられました。しかし、他人から特異性を理解してもらえるという思いは、小学校に入学して幻想だと思い知らされたのです。つまり、理解してくれる人は0では無いけれど、ほとんどの人は理解してくれないのだということに気付かされました。だからこそほとんどの人から理解してもらえない堕天使は捨てようと決意したのです。

 

理解されたことが無いから理解されないことに何も感じないG's善子と、理解されたことがあるから理解されないことを辛いことだと感じるアニメ善子。この違いが堕天使を捨てようとするかどうかの決断に違いが出た理由なのではないかなと思います。

 

 

理解者が現れた人生と現れなかった人生。果たしてどっちの人生の方が良かったのかは分かりませんが、どちらの人生も最終的にはAqoursという最大の理解者と出逢えるのは、運命のような見えない力が働いているのかもと雑にまとめて終わろうと思います。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。